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Les presento la música latina con una traducción japonesa.

2015年3月17日火曜日

Violeta Parra - Gracias a la vida

これはただの歌ではありません。チリ社会を動かした民衆の魂でもあります。
1960-70年代、チリでは「Nueva Canción(新しい歌)」という運動が盛んでした。これは音楽の力により社会の変革を目指そうとしたものです。
この運動の先駆けとなったのがこのVioleta Parra(ビオレッタ・パラ)と言われています。
1973年、サルバドール・アジェンデ政権がアウグスト・ピノチェトによるクーデターにより崩壊、その後のピノチェトの軍事独裁政権によってヌエバ・カンシオンは大弾圧を受けることになります。ある歌手は殺害され、またある者は他国へ亡命を余儀なくされました。
(ちなみにビオレッタはアジェンデの支持者でしたが、アジェンデが大統領になる数年前に拳銃自殺により自ら命を絶っています。)
現代の日本では想像することも難しい、このような社会的背景の中では、この曲がいかに民衆の心に響いてきたことでしょう。
この曲はアルゼンチンのMercedes Sosa(メルセデス・ソーサ)はじめ多くの歌手によってカバーされていて、日本でもやはり「人生よありがとう」の題名で紹介されています。



人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
私に輝く瞳を与えてくれて
この目を開ければ
はっきりと見分けられる
白の中に黒も
大空の遥か彼方に輝く星も
この群衆の中に、愛するあの人の姿も

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
私にこの耳を与えてくれて
昼も夜もゆったりと聞こえてくる
コオロギとカナリヤの歌
ハンマー、タービン、犬の声、雨音
そして愛するあの人の優しい声

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
私に音と文字を与えてくれて
私が考え、口にする言葉たちを
母、友、兄弟
そして愛するあの人の魂の道を照らす光を

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
疲れ切った私の足に前に進むことを教えてくれて
この足で町を歩き、水たまりを歩き
海岸から砂漠、山から平野を
そして貴方の家、貴方の道、貴方の庭を歩いた

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
枠を揺さぶり震える心を与えてくれて
人間の脳が生み出した果実を見る時
善が悪から遠く離れているのを見る時
そして貴方の澄んだ瞳の奥を見る時

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて
私に笑いをくれて、嘆きをくれて
おかげで私は幸福感と喪失感を見分けられる
私の歌を構成する、この二つを
貴方たちの歌、それは同じ歌
皆の歌、それは私自身の歌

人生よ、ありがとう
こんなにたくさんのものを与えてくれて

2015年3月11日水曜日

Diego Torres - Color Esperanza

少し前のネット記事が、スペイン語が主要な言語の中で最もポジティブな言語である(英語による元記事)という結果が出たと伝えていました(同記事によると、もっともネガティブなのは中国語、参考まで)。
アルゼンチンのDiego Torres(ディエゴ・トレス)が歌うこの「Color Esperanza」は、「希望の色」という意味のまさに前向きな歌。エスペランサという単語は響きも意味もかっこいいので、私の最も好きなスペイン語の単語のひとつであります。
4年前の今日、大変な災害が日本を襲いました。私も当時は日本にいましたが、地震の後、どこかのラジオ局のスペイン人DJがこの曲を流していたのを聴き、ラテンアメリカ人のように、困難の時も明るく生きていきたいと思ったのを覚えています。



君の目を見ればわかる
もう歩き疲れてるんだろ
ずっと同じ場所をぐるぐる回って

窓を開ければいいじゃないか
空気を入れ替えるのも君次第さ
楽になるよ
もう一度やってみる価値はある

できるんだって知るんだ、できるんだって望むんだ
恐怖を取り除いて、そして外へ放り出してしまおう
希望の色で顔を彩るんだよ
心で未来を手探りしよう

出発しないくらいなら道に迷った方がいい
トライしないより手探りでもやってみた方がいい
始めることがそんなに簡単じゃないことは
君も知ってると思うけど

不可能なことですら達成できるんだ
悲しみはいつの日か去り
そうやって、人生は変わってゆく

魂が空を飛ぶのを感じられるよ
もう一度歌うことで

できるんだって知るんだ、できるんだって望むんだ
恐怖を取り除いて、そして外へ放り出してしまおう
希望の色で顔を彩るんだよ
心で未来を手探りしよう

2015年2月28日土曜日

Juan Gabriel - Querida ft. Juanes

フアン・ガブリエルの往年の名曲に、フアネスが参加して2015年に再リリース。元々は80年代の曲ですが、変に手を加えておらず、原曲の雰囲気を損なっていません。
飾らない歌詞は美しいし、メロディも素晴らしく、曲後半の高音部は心に響きます。
「Querida」は家族や恋人など、大切な人(女性)へ呼びかける時に使います。男性の場合は「Querido」。これらは文法的には、「愛する」または「欲する」という動詞「Querer」の過去分詞形です。
ラテンアメリカでは、相手への愛情を呼び方で表します。他にも「Amor (愛)」、「Cariño (愛情)」、「Corazón (心)」、「Mi vida (私の命)」など、いくつもあります。
ずいぶん前の話ですが、メキシコ人の恋人をいつも名前で呼んでいたところ、友人に「なぜ彼女をいつも名前で呼ぶのか、彼女のことをどう思ってるんだ」と問い詰められたことがあります。いざ使ってみると、これが意外と恥ずかしくありません。日本語で、「ねえ、愛しい君」なんてことは言えませんが、スペイン語だとあまり抵抗は感じないものです。



愛しい人よ
私の人生の全ての瞬間において
日毎、貴方のことを想っています
私の孤独を知ってほしい
私を苦しめる、この孤独を

愛しい人よ
貴方は私の傷を癒してくれたのです
貴方を恋しく思い、今も泣いています
私の孤独を知ってほしい
私を苦しめる、この孤独を

愛しい人よ
私のことも想ってほしいのです、いつも私のことを
時間というものは無慈悲なものだと気付いてください
貴方がいなくなり、もうずいぶん経ちました

愛しい人よ
貴方の最愛の者である私のために、してほしいことがあります
私はこの家中にもう一度、光を取り戻したいのです

ああ、愛しい人よ
私のもとへ来てほしい、こんなに苦しいのです
どうか私のもとへ、死にそうなのです
この孤独のせいで
私を苦しめる、この孤独のせいで

愛しい人よ
貴方の最愛の者である私のために、来てほしいのです
もっと私に哀れみを分け与えてください
私の孤独を知ってほしい
私を苦しめる、この孤独を

愛しい人よ
いつ、いつになったら戻ってきてくれるのでしょう
いつ、いつになれば

愛しい人よ

2015年2月11日水曜日

Prince Royce - Darte un Beso

最近バチャータが日本を含め、世界中で流行ってるらしい。なかでもプリンス・ロイスの人気はすごいですね。この動画は4億回以上再生されてるくらいです。
以前「El amor que perdimos」という切ない曲を紹介しましたが、今回はハッピーな曲です。
コードも簡単なので、ウクレレでの弾き語りにもお勧めです。



自分が思い描く通りに
人を愛するってのは難しいね
自分が思い描く通りに
人を想うってのは過ちかも
自分が思うように
見つめることは禁じられてるし
欲望のままに触れてしまうことは罪なんだね

君がどうすれば喜んでくれるのか
ぼくにはもうわからないよ
君の夜明けのために
太陽を消してしまえばいいのかい?
ポルトガル語を話せばいいの?
それともフランス語?
ひょっとして、君の足元に月を持ってくればいいのかな?

ぼくはただ、君にキスしたいんだ
そして君に、ぼくの将来を捧げたい
怖がる君を落ち着かせるために歌っていたい
君に不自由はさせたくないんだ

ぼくはただ、君にキスしたいんだ
君の心を、ぼくの愛で満たしてあげたい
空へも連れてってあげる
君に不自由はさせたくないんだ

もし世界がぼくのものなら
君にあげてもいいよ
信仰さえも変えたっていい
君のためなら何だってできる
なのに何で君は近況さえ教えてくれないの

君がどうすれば喜んでくれるのか
ぼくにはもうわからないよ
君の夜明けのために
太陽を消してしまえばいいのかい?
ポルトガル語を話せばいいの?
それともフランス語?
ひょっとして、君の足元に月を持ってくればいいのかな?

ぼくはただ、君にキスしたいんだ
そして君に、ぼくの将来を捧げたい
怖がる君を落ち着かせるために歌っていたい
君に不自由はさせたくないんだ

ぼくはただ、君にキスしたいんだ
君の心を、ぼくの愛で満たしてあげたい
空へ連れてってあげる
君に不自由はさせたくないんだ

2015年1月21日水曜日

Arenas de Soledad - Havana Blues

キューバと合衆国が国交正常化交渉を始めました。このニュースについてはキューバ人はおおむね歓迎しているようです。キューバ国内に合衆国が様々な形で入ってゆけば人々の暮らしは良い意味でも悪い意味でも劇的に変化するでしょうね。数年後、変わった後のキューバにもう一度行ってみたい気もします。
今回の動画は「ハバナ・ブルース」というキューバを舞台にした映画の挿入歌です。ハバナで歌手を夢見る二人の青年の逞しく生きる姿が印象的な映画です。同時に、かの国では自分たちの思想や信念を貫くのがいかに困難かということがわかります。
曲名は日本語に訳すと「孤独の砂」。映像は映画のワンシーンで、人々が合衆国へ亡命するシーンも含まれています。ちなみにここで歌っているのは役者であり、実際の歌声は別人、つまり口パクだという話をどこかで聞いたような。



目的地も、信念を失わないように示す
確かな道標さえないままで
もう一度始めるのか
過去のことを考えずに
この痛みから逃れられるのか
信仰が脈打つことのない心で
どれくらい耐えられるというのだろう

美しさの中で
愛への渇望という希望の真実の中で
長い夢が今も残る感情の中で
俺は探し、上りつめた
俺は愛の翼に捕らわれた囚人だったんだ
距離もなく、記憶もない
この孤独の砂の中で

崩れた静寂に捕らわれの身で
光は喜びに困惑し
子供たちがいる夜明けまで決して辿りつかない
俺は目を閉じる、ただ理解するために
信仰が脈打つことのない心で
どれくらい耐えられるというのだろう

美しさの中で
愛への渇望という希望の真実の中で
長い夢が今も残る感情の中で
俺は探し、上りつめた
俺は愛の翼に捕らわれた囚人だったんだ
距離もなく、記憶もない
この孤独の砂の中で